HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2024年12月3日号 (通算24-36号)

導かれるように陸別町の薬用植物の森へ

*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。なお、この文章は、筆者及び筆者の所属する団体の見解であり当財団の公式見解ではありません。

レポート:吉川 雅子

私が、日向優(ひなたゆう)さんを知ったのは、陸別町で薬用植物を育てている人がいるという2020年8月のSNSでの情報。まだ、「種を育てる研究所/タネラボ」ができる前です。
気になるとすぐにお会いしたくなるタチでして、アポを取ってすぐに陸別に伺いました。やはり、今後の北海道の6次産業化に新しい視点をもたらしてくれる方でした。
今年7月、改めてお伺いしてお話を聞かせていただきました。

葉を乾燥させてお茶にするキバナオウギ

陸別に夫婦で移住

大阪にある製薬会社で新薬の研究開発という仕事をした日向夫婦。なぜ、日本一寒い町・陸別町に移住してきたのでしょう。

道の駅前。取材時は7月だったので32℃を指していますが…

研究者として充実した日々を送っていましたが、30歳を過ぎた頃から、「研究以外にも、自分たちの経験が役に立つ仕事や活動があるのではないか」と二人で漠然と考えていたそう。札幌出身の日向さんと広島県尾道市出身の奥様の美紀枝(みきえ)さん。ともに北海道大学薬学部の同級生で、移住先候補に“北海道”が入るのは自然なことでした。

2014年秋に開かれた「北海道移住フェア」に参加し、翌年に陸別町の1週間お試し移住を体験。たまたまですが、滞在中に、陸別町が新産業のために薬用植物栽培を新たに始めたことや、それを支援する地域おこし協力隊を募集する予定であることを知ります。
なんと! すごい引き寄せ!
二人の専門分野ではないものの、薬用植物や漢方は薬学部時代に授業で習っており、薬に関わる仕事でもあるので、町に貢献できるのでは? と思い、他地域も検討しましたが、最終的には陸別町を選択。製薬会社を退職後、2017年秋に移住したというわけです。

地域おこし協力隊として町に貢献

2014年に始まった町の薬用植物栽培事業。町の気候や土壌でうまく育つかを確かめるために、カンゾウ(甘草)やキバナオウギ(オウギ(黄耆))、コウライニンジン(高麗人参)など10種類以上の試験栽培に取り組んでいました。これらの薬用植物は医薬品になるものの、ある意味農作物であることに変わりはありません。しかし、日向さんは農業の経験がなかったため、地域おこし協力隊となってから、栽培管理を行ったり、研究機関に出向いたりして知識を身につけていきました。
「苦労はありましたが、例えばカンゾウは漢方薬に使用されるだけでなく、食品の甘味料としても使われます。このように漢方薬以外の用途もあることを知り、学んでいきました」。
ちなみに、美紀枝さんは同じ地域おこし協力隊で「商工観光分野」を担当し、地域活性化に取り組む活動をしていました。
町には「銀河の森天文台」や「りくべつ鉄道」、「道の駅」などの観光施設があり、それに関わる町内商工業者も多くいます。
そこで築いた人脈や町民の方々との信頼関係があったからこそ、現在のタネラボの活躍につながっているんですね。

夏休み中のこの日も「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」を見に、多くの観光客が訪れていました

「タネラボ」誕生へ

3年間の地域おこし協力隊の任務を終え、2021年2月22日、「種を育てる研究所・タネラボ」を立ち上げました。

会社の入口に取り付けられた看板

「名前にはふたつの意味を込めています。ひとつは、植物の“種”からスタートし、栽培した収穫物を使ってさまざまな商品を創り出すということ。もうひとつは、陸別町では誰も薬用植物で事業化をしていなかったので、ゼロから新しい産業を創り出すこと。つまり種をも生み出し、そしてその種を育てていくことをイメージしました」と日向さん。

タネラボのビジョンは、「地域から発信する商品やサービスによって、人々が心身ともに健康で美しくなる」。薬学の知識で人々の健康と美容に寄与したいのだそうです。
現在、国産の薬用植物のほとんどは漢方薬原料となり、それ以外の用途に使用されることはあまりありません。薬用植物には、機能性食品や化粧品等の商品に使用されるべきすばらしい薬効があるのですが、まだまだ活かされていないのが現状です。その理由は、“薬用植物を育てる人”と、それを“活用できる人”が両方とも少なすぎることだと日向さんは考えます。薬用植物の栽培には一般の植物とは異なった知識やコツを身につけなければなりません。また、活用できる人は商品を作る際に科学や薬事などの薬学的な知識が不可欠。このように両者とも、薬用植物の特性に合わせた専門的な知識が必要なのです。
これらの知識を持った人たちがうまくマッチングし、お互いに協力して「6次産業化」を目指せば、新しい分野の商品が生み出される可能性が高いのですが、現状は難しい。
そこで、「タネラボ」では、全国的に極めて珍しく、自社で漢方薬向け以外の用途で薬用植物の栽培を行い、薬用植物の6次産業化を行うことにしました。

今後の方向性

現在、畑では日本の薬用植物だけでなく、西洋ハーブ類も加えて約20種類の植物を栽培しています。そのことにより、多様な商品を創ることができ、多様なニーズに応えることができると考えたからです。これまでにほとんど例がない、日本の薬草と西洋ハーブを組み合わせた商品の開発も視野に入れています。

トウキ畑での日向さん。トウキの葉の収穫は春と秋の2回。7月はまだ小さいですが、草取りなどの作業があります
カモミールの収穫をしている美紀枝さん

栽培している植物

漢方薬原料にも使用する薬用植物(キバナオウギ、トウキ(当帰)、ベニバナ(紅花)、ムラサキ(シコン(紫根))、キキョウ(桔梗)など)
西洋ハーブ類(エキナセア、セントジョーンズワート、カモミール、レモンバーム、カレンデュラ、フェンネル、マロウ、ペパーミント、ヤロウ、タイム、マジョラムなど)
上記の植物以外にも、陸別町に豊富に存在する森林資源(トドマツ、アカエゾマツ、カラマツ)も植物原料として利用しています。

タネラボの商品たち

地域おこし協力隊の時から、キバナオウギの葉を使った「オウギ葉茶」やコウライニンジンを使った「高麗人参飴」を商品化。町の給食センターと連携して給食メニュー化も行ってきました。

会社で展示している商品ラインナップ

薬用植物を使用したジンやハーブティー、ハーブコーディアル(シロップ)、エッセンシャルオイルを道の駅や自社のサイトで販売中です。また、コスメなども準備中です。ほかにも、町内外の方々とのコラボ商品も企画中です。

今一番力を注いでいるトウキ

セリ科多年草のトウキ(学名Angelica acutiloba Kitagawa)。日本固有の薬用植物です。根は生薬「当帰(とうき)」として漢方薬の原料に用います。「葉」はセロリのような個性的な香りが特徴で、ヨーロッパではその学名(Angelica)から「天使のハーブ」と呼ばれて、肉料理やスープ、スイーツなどにも利用されています。
トウキは生育が遅く、葉を収穫できるまで2年を要します。手間もかかることから、栽培している農業者が極めて少ないのが現状。そのため、トウキ葉が一般に流通することはありません。近年では、ビタミンやミネラル等の栄養成分が豊富に含まれていることが明らかとなり、その特性を利用した食品や化粧品の開発が徐々に増えてきました。
もちろん、「タネラボ」の畑でも栽培しています。

9月末の収穫可能なトウキ
北見市の「津村製麺所」の直営店「TumuLab( ツムラボ)」では、6月1日から約2カ月間、トウキの葉の天ぷらを使った「やくぜんひやむぎ」が提供されました。また、8月31日には「トウキ葉入りキーマカレー」が学校給食で提供されました

これからも、新しい視点で、人々が心身ともに健やかに過ごせる商品やサービスを発信し続けてください。


プロフィール

吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。

札幌市中央区で「アトリエまーくる」主宰し、料理教室や食のワークショップを開催し、原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。

著書

『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)

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