HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2025年4月1日号 (通算25-号外)

満員御礼 中村桂子講演会 いのち()づる生命誌講座(その4) 「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)

ご案内しておりました『中村桂子 いのち()づる生命誌講座(その4)「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)は、定員に達しました。

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2534/

2025年4月1日号 (通算25-01号)

中村桂子講演会 いのち()づる生命誌講座(その4) 「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)のご案内


2022年から開催してきた中村桂子いのち()づる生命誌講座。昨年2024年6月に開催した第3回講座。その際には第4回もあるかも、とお話していましたが大好評にお応えし「いのち()づる生命誌講座その4」を開催することになりました。

4回目となる今回は、普段は室内楽に特化した音楽ホールとして使われる「六花亭札幌本店6階のふきのとうホール」で開催いたします。
開催日時、お申し込み方法は、ページ後半の告知写真に記載しております。
たくさんのご応募・ご参加をお待ちしております。

(2024年6月29日第3回講演会の模様)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2512/

2025年3月25日号 (通算24-52号)

第19回HAL農業賞受賞者紹介動画完成!

第19回HAL農業賞を受賞した企業を紹介する動画を公開してきましたが、いよいよ最後の受賞者の公開となります。新篠津村の有限会社ファーム田中屋です。
ファーム田中屋画像01
黄金色に染まる稲穂の前で、インタビューに応じる社長の田中哲夫さん。

ファーム田中屋画像02
現在、農作物の生産を担っているのは、長男の徹さんです。

ファーム田中屋画像03
田中さん親子のインタビューも和やかに進みました。少々照れくさそうですね。

詳しくは、本日公開の HAL 財団公式 YouTube にてお楽しみください。

動画URL: 第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(全編)
     https://youtu.be/ta0C0X6UDFM

     第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(チャプター1)
     https://youtu.be/5LzBtP6sGYE

     第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(チャプター2)
     https://youtu.be/f4HnU-bBbR8

企画広報室 山記

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2494/

2025年3月18日号(通算24-51号)

第20回HAL農業賞贈呈式を開催!

2025年3月7日、JRタワーホテル日航札幌で第20回HAL農業賞贈呈式を開催しました。今年の受賞者は、地域の子どもに自分の作ったおコメを給食で提供したいと網走市の畑で稲作にチャレンジしている福田農場の福田稔さんに「HAL農業賞優秀賞 フロンティアチャレンジ賞」を、また地域の材料をとことん活かし、旗艦店、本店など6店舗全店の商品すべてを十勝産の小麦100%使用し、まさに十勝のパンを製造している株式会社満寿屋商店に「HAL農業賞優秀賞 地域連携企業賞」を、そして「HAL農業賞優秀賞 優秀経営賞」を北見市留辺蘂で玉ねぎを中心に畑作経営を続け、それに加え地域で守り続けたい作物として「白花豆」を栽培し、多くの農家、他業界をも一体化し地域特産を作り出している株式会社森谷ファームに差し上げました。




表彰状贈呈式は、HAL農業賞アンバサダーでフリーアナウンサーの渡辺陽子さんの司会で始まり、HAL財団理事長の磯田憲一から各賞、各社の授賞理由、そして今回までの20回の顕彰で延べ93の団体・個人(企業、農事組合、グループ、学校、個人)にHAL農業賞を贈呈し、受賞された皆さんは今も先頭を走り、農業界をけん引し、地域で核となる事業を行っていることが紹介されました。






表彰状授与では、福田農場の福田稔さんと真和里さん、満寿屋商店からは杉山雅則さん杉山恵子さん、旗艦店麦音の店長で常務取締役の天方慎治さんはコックコートで。そして森谷ファームの森谷裕美さんは和装での参加でした。
また、今までHAL財団の内勤などで参加できなかった職員も全員参加しました。


第15回までは、それまでの受賞者の皆さんをご招待しての表彰状贈呈式と祝賀会を行ってきましたが、コロナ禍でこのような式典を開催することが社会的にも非常に難しくなってしまいました。第16回のHAL農業賞贈呈式は、受賞者のもとにHAL財団理事長他、ごく少数のスタッフが赴き、表彰状を持参し贈呈式を実施したこともありました。

今回の贈呈式には、第1回HAL農業賞優秀賞を受賞した興部町のノースプレインファーム株式会社の大黒宏さん、そしてHALクロストークセッションなどで私たちと一緒に仕事をすることが多いアサヒバイオサイクル株式会社から代表取締役社長の千林紀子さん、アグリ事業本部長の上籔寛士さんも駆けつけてくれました。


表彰状贈呈式のあとは、受賞者そしてゲストの皆さん、財団役職員の交流の場を設けました。アサヒバイオサイクル(株)の千林社長の乾杯のご発声でスタート。和やかで楽しい歓談の場になりました。
もちろん乾杯はアサヒビールの「スーパードライ」をご用意し、懇談が賑やかに進みました。




懇親会では、渡辺陽子アナウンサーから受賞者はもちろん、奥様や同行者の皆さんに「一言」を突然お願いすることに。
突然のフリにも関わらず、皆さん思いを込めたスピーチを行ってくれました。聞いている私たちもジーンとするようなお話もありました。この様子は、後日公開するWEB版HALだよりの動画にしっかりと収録していますので、もう少しだけお待ちください。




また、会場となったホテルの系列ホテルが帯広にもあるとのことで、今回のお料理には特別に帯広から満寿屋商店のパンもメニューに加えられ、満寿屋商店の天方さんがパンの解説をしてくださいました。




授賞のポイントなどをお話する、選考委員の竹林孝さんと三部英二さん。




2005年に第1回を開催したHAL農業賞。今回の第20回で一つの区切りをつけることになりました。
今まで差し上げた表彰は延べ93(企業、団体、学校、個人を合わせ)。
その多くが、今も北海道農業の先頭を走り続け、また地域の中核を担っています。今後は、今までの受賞者の方と一緒にそのノウハウを伝えることなども行っていきます。
これからのHAL農業賞は、必ずしも毎年開催ではありませんが、変わらず北海道農業の経営に目を向け、農業経営を力強く推し進める活動を行っていく予定です。

HAL財団 企画広報室
上野記

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2483/

2025年3月11日号 (通算24-50号)

土づくりから始まった放牧酪農から未来を探る

*今回の「WEB版HALだより」は、昨年大変好評だった、農業とは縁のなかった写真家・藤田一咲(いっさく)さんに、北海道農業の現場を見てもらい話を聞く企画の第2弾の3回目です。今回もHAL財団・上野貴之が聞き手となる対談形式でお届けします。私は敬愛の気持ちから、今回も一咲さんと呼ばせていただきます。

(HAL財団 企画広報室 上野貴之)

生乳の生産量日本一は?

●上野:前回も聞きましたが一咲さんは毎朝パン食でしたね。牛乳も飲むでしょう?
★一咲:もちろん! そのままでも、コーヒーや紅茶に入れても。ぼくの朝食に牛乳は欠かせない。
●上野:ここでまた答えがわかりやすい問題です。生乳(せいにゅう)生産量日本一はどこでしょう?
★一咲:東京? 
●上野:それはもしかしたら消費量かもしれませんね。
★一咲:生乳の生産量日本一は北海道だということくらいぼくでも知っています。北海道といえばまず、どこまでも広がる大草原で、放牧された牛たちがのんびりと草を食んでいる風景が目に浮かびますから。

●上野:ははは。そうなんですか。北海道の生乳生産量は2021(令和3)年度には400万トンを超え、全国シェアではダントツの第1位です。2023(令和5)年度は391万トン余りと少し落ち込みしましたが、2024(令和6)年度は427万トンと増産の見込みです。
★一咲:2023年度に生産量が減少した理由は?
●上野:夏の猛暑の影響、需要の低迷による生産者団体による生産抑制などがあります。
★一咲:気候変動は植物(作物)だけでなく、動物(家畜)にも大きな影響を与えるんですね。
●上野:そうなんです。乳用牛の主力はホルスタインという品種で、飼養環境としては北海道の涼しい気候が向いていますが、暑さに弱く夏バテすると乳の出が悪くなったり品質が落ちるのです。
★一咲:なるほど、北海道で酪農が盛んな理由は天候にもあったのか。ただ広い牧草地があるだけではなかったんですね。
●上野:そうです。北海道の、牛が過ごしやすい涼しい環境で、牛が牧草をのびのび食べることができるので、牛のストレスを軽減でき、安定した乳量と品質の高い生乳が生産できるのです。
 そうは言っても、北海道の乳用の牛の放牧を主体に行っているのは全出荷戸数の5〜10%程度で、牛は主に牛舎内に固定・繋ぎ留めて飼養する繋ぎ飼いが全出荷戸数の約60%。これは40~50頭規模あたりまでの牛の飼養に適する方式といわれ日本の乳牛舎の主流になっていますが、他には牛1頭ずつに仕切られたストール(休息場所)を備え、牛が自由に歩き回れる牛舎の形態のフリーストール(放し飼い式牛舎とも)が約30%を占めています。それぞれにメリット、デメリットがありますが、最近は餌やりや搾乳の労力が軽減できるフリーストールが増えてきています。
★一咲:牛=放牧のイメージだったのですが、そうでもないんですね。
●上野:30年くらい前までは放牧酪農も多く見られたようですが、生産性が重視される近年は牛舎での飼養が一般的です。さあ、今日は上士幌町の〈十勝しんむら牧場〉に乳用牛の放牧酪農を取材に行きますよ。

★一咲:十勝は酪農が盛んなのですか?
●上野:北海道では道東、道北で酪農が盛んで、釧路や根室方面の別海町や中標津町、標茶町などで牛が多く飼養されていますが、近年では十勝でも多くなっています。
★一咲:十勝には釧路や根室方面よりも何かメリットがあるとか?
●上野:釧路や根室方面は、根釧台地(こんせんだいち)と呼ばれる火山灰の広い大地。火山灰は保水力に乏しく畑作には適していませんが、一年を通して涼しいので、牛の飼養にも、とれた牛乳などを扱うのにも向いています。一方、十勝は畑作も盛んな土地です。牛の餌や寝所用の牧草、飼料のデントコーンを栽培できるなどの強みがあります。
★一咲:畑作ができる=土がいいんですね。
●上野:その土づくりに力を入れているのが十勝しんむら牧場です。そして一咲さんが「北海道の農家さんはもっと貪欲になってもいい」とよく言うように、経営の多角化、新しいスタイルの酪農経営にも力を入れていて、国内外からも大変注目を集めているユニークな牧場です。

上士幌町にある十勝しんむら牧場で放牧されている牛たち。美味しそうに牧草を食べている。土は黒々としていて手に取ると優しい匂いがする。牧草は主にクローバー、オーチャードグラス、ペレニアルライグラスの3種類。
十勝しんむら牧場の放牧地は、自然の起伏を生かしているのでしょう。この起伏が牛たちの運動=健康な体力づくりにも貢献しているに違いありません。
ここの牛たちは人を警戒せず、穏やかにのびのび暮らしているように見えます。食べ物も美味しく、ストレスも少ない。それも美味しい牛乳づくりに欠かせない要因の一つになっていそうです。

牛が喜ぶ牧草地づくり

●上野:十勝しんむら牧場では放牧酪農を行なっています。
★一咲:先ほどの話で放牧は生乳牛飼養戸数の全体の5〜10%と少ないようでしたが?
●上野:それぞれの酪農家さんの方針や考え方、土地の面積、牛の頭数なども関係してくるのでしょう。ここの放牧地の面積は約30ヘクタール。一咲さんに分かりやすく言うと、東京ドーム6個分以上あります。そして牛の頭数は約200頭。放牧酪農のメリットは牛たちが自由に運動しながら、自分の好みや食べたい量に合わせて牧草を食べることができるので、牛の生理や習慣に適しているし、牛自身で体調のコントロールや健康状態の管理をしやすくできること。
★一咲:手間をかけずにそれができるということですね。牛が自由に動き回れるから足も丈夫に、またストレスも少なくなり、心肺機能や内臓の発達にも良さそうで、牛が病気になりにくい環境でのびのびと暮らせるんですね。さらに美味しい牧草を食べていれば、自ずと乳の量や品質に大きな影響が出てきますね。寿命もぐんと延びそうです。
●上野:そうです。牛本来の自然な生態、生育環境に近づけることが、健康的で美味しい牛乳づくりになると、現在の4代目牧場主、新村浩隆さんは考えたのです。そのためにはまず土づくりからだと。
★一咲:健康な土に育つ健康な草を食べると、健康な牛に育ち、美味しい牛乳ができる。やはり今回(2024年)の取材のテーマは「土づくり」ですね。先日のそばも、昨日取材したスペルト小麦も土づくりからでした。農業・酪農の再生・未来は、土づくりからが一つのポイントになりそうです。
●上野:十勝しんむら牧場の土地が、生産性などを重視して長年化学肥料を使ってきて弱った土地だったのか、元々あまり状態の良くない土壌だったのかわかりませんが、本来の自然の土の状態にするために1995年からこの課題に取り組んでいるので、もう30年になりますね。この先、100年、200年先を見据えての土壌改善計画のようです。
★一咲:一口に土づくりと言っても、どんなことをするのでしょうか?
●上野:土の中の窒素、マグネシウム、カルシウムなどのバランスが整うように、土壌に肥料を与えます。ここの草地の広さは約80ヘクタール。実に東京ドーム約17個分の広さの土づくり! 土壌の位置の状態などによって、肥料の種類、量、時期、回数などを調整します。
★一咲:土の環境改善はかなりの年月がかかりますね。この発想は当時としてはかなり先進的だったでしょう。
●上野:昔は土と草はそれぞれ別なものとして考えられていましたから。今ではここの土はミミズもいるほど、いい土になっています。
★一咲:ミミズですか? 海岸の浄化、環境保全に二枚貝のカキやアサリ、底生生物のゴカイ、海草や海藻などの植物、プランクトンやバクテリアなどの微生物などが関わっているのと似ていますね。
●上野:ここもミミズだけではなく、他にも微生物などの生き物が土壌改善に関わっていますが、ミミズの働きは本当にすごいですよ。牛の糞も含め有機物の分解を促進して堆肥のようにして土と混ぜるなどして、物理的、化学的に土壌の性質を改善します。ミミズの体からはさまざまな酵素も分泌されるし、腸内には窒素を固定する細菌が生活していますしね。
 ミミズの活動によって、土壌がそぼろ状の大小の塊になることで、通気性や水分保持力が高まり、降雨時の養分の流失を防ぐ、植物の生育に関わる微生物の活動にもいい環境になるなどの効果もあります。ミミズのいる土は作物の病気や害虫が発生しにくい、栄養価の高い牧草が育つことができる土になるのです。ミミズは健康な土のバロメーターなんです。
★一咲:ミミズにそんなチカラがあったとは。十勝しんむら牧場では牛が喜ぶ牧草地を作っているんですね。そういう意味では、土づくり=自然力の回復・再生みたいな意味があるんですね。自然本来の土・草・牛が美味しい牛乳になる。単に牛乳を多く量産することだけではなく、より高い品質の牛乳を消費者に届けることを考えるとそうなるわけですね。地球環境にも優しく、消費者にも嬉しい。でもコストも高くなりそうですが。
●上野:放牧酪農は酪農家自身が飼育するより低コスト、糞の処理などの省力化、輸入に依存している飼料や化石燃料の高騰などに左右されない経済的な面からも最近注目されています。

日本で売られているほとんどの牛乳は、120~150度で1~3秒加熱された超高温瞬間殺菌されたもの。
十勝しんむら牧場の牛乳は、手間とコストはかかるものの、牛乳本来の風味を損なわない65.3度で30分の低温長時間殺菌されたもの。夏だからか、気のせいか青草のような、フレッシュな香りでさらりとしてあと味さっぱりで美味しい。ちなみに欧米の市販牛乳の主流は低温殺菌。
プラ容器入りの「放牧牛乳」(800ml)は、十勝しんむら牧場内のカフェや通信販売で購入可能。こちらも低温殺菌されたもの。
脂肪球を破壊するホモジナイズ処理をしていないので、搾りたてに近いフレッシュな牛乳の甘みが生きています。

ブタやヤギも放牧されている牧場

●上野:一咲さん、ここではブタも放牧されているんです。
★一咲:ブタもですか?
●上野:はい。東京ドーム約2個半の11ヘクタールに50頭ほどのブタが放し飼いされています。
★一咲:ブタというと色が白くぶくぶく太ったイメージがありますが、ここのブタはそれよりもずっと逞しく濃い色の野生的なブタというか、イノシシのように見えますね。
●上野:そうでしょう! 脂肪太りせず筋肉がよく締まっている、皮膚の色つやが良い、骨格がしっかりしている。足も丈夫でしっかりと歩いていますよね。ここのブタが健康だという証です。
★一咲:自然に近い環境で育ったブタは美味しいのでしょうか?
●上野:放牧のブタは肉がたくさん取れるわけではないようですが、野生に近くすることで健康で強く育ち、2年以上飼養すると脂肪分も適度になって、肉に旨みが加わりスッキリした味わいで美味しいそうです。
★一咲:食べると美味しさと共に、元気なエネルギーがもらえそうですね。
●上野:ここでは乗馬用に飼っている馬とブタが、仲良く一緒に餌を食べている珍しい光景も見られます。
★一咲:ブタは牧草ではなく餌ですか? 
●上野:ブタは草からたんぱく質を合成できないですから、ミネラルやビタミンを与えるんです。
★一咲:ブタの胃はヒトの胃に近いと聞いたことがあります。
●上野:ここにはブタや馬の他にヤギも6頭います。
★一咲:ヤギも生乳用ですか?
●上野:ヤギは草刈り用です。いわゆるヤギ除草。機械を使った除草ではないので、化石燃料の必要がなく、CO2の排出量の削減につながります。騒音もないですし、除草しにくい斜面でも大丈夫です。糞は団子状で臭いも気になりません。
★一咲:ヤギ除草も自然に余計な人的負荷をかけない牧場作りに役立っていそうですね。人も草刈りの手間がかからず楽な上に、ヤギの糞も土づくりに生かされていそうです。

冬も100%放し飼いされているというブタたち。出産も森の中でさせるのだとか。その姿はイノシシのようにも見えます。
子ブタだろうか、カメラに興味津々に元気に寄って来ました。眼も生き生きして活気があり、毛もつやが良く、健康的に育っているのが一目でわかります。子ブタもまるでイノシシのように見えて可愛い。
馬とブタが一緒に餌を食べている、なかなか目にすることができないホノボノとした光景。

牧場の敷地内で飼われている下草刈りのためのヤギ6頭のうちの2頭。草刈り機を使わないので騒音もなく、CO2排出削減にも貢献。刈り取った雑草の処分もなく環境に優しい除草ができるのだそう。

酪農の価値を生かすコンテンツ作り

●上野:生乳は各地域の指定団体に様々な農家の牛乳が集められ、ミックスされて出荷されます。しかしそれではせっかく品質にこだわった牛乳を作っても、それを消費者に届けることはできません。そこで、十勝しんむら牧場では自社で生乳の加工品を作り販売することを始めました。「ミルクジャム」の誕生です。
★一咲:6次産業化ですね。ミルクジャムは最近では耳にしますが、以前は聞いたことがありませんでした。
●上野:十勝しんむら牧場のミルクジャムの発売は2000年。当時は生乳の加工品といえば、バターやチーズ、クリーム、ヨーグルトが一般的で、ミルクジャムは競合もなく、ネット販売を中心に大ヒット商品になりました。他にも生乳から作られる商品としては日本初のクロテッドクリームや、「放牧牛乳」とバター、北海道産小麦、十勝オークリーフ牧場のハーブ卵を使用して焼き上げたスコーンも商品化されています。牧場に併設した牧場のショールーム「カフェ・クリームテラス」もオープンしました。
★一咲:“牧場のショールーム”という発想がいいですね。自然の四季を感じながら、牧場の牛や牧草地のありのままを見て、牛乳など生乳の多彩な加工品を味わうことができるんですね。
●上野:生産者には消費者の反応を直に見たり、要望などを聞いたりすることができます。消費者には牧場の様子や生産者の考え、加工品の味わい方を知る嬉しい機会を得ることにも繋がります。
★一咲:消費者が放牧酪農をより身近に感じ、理解することができますね。
●上野:酪農の価値を高め、消費者と共有する。その素晴らしい経営姿勢に、HAL財団では2006年に「第2回HAL農業賞 経営部門優秀賞」を贈呈しました。今回は取材しませんが、その後も、十勝しんむら牧場は消費者と繋がる酪農を目指して、牧草地のど真ん中に牛に囲まれて入れるサウナ「ミルクサウナ」や、牧場を一望できる「パノラマテラス」、さらには牛の目線で泊まれるをコンセプトにした宿泊施設もオープン。牧場で生産したブタ肉のバーベキューも楽しめるようになっています。
★一咲:酪農を持続的に発展させるための収益性向上の一環ですね。十勝しんむら牧場は、今までよく知らなかった酪農の世界と繋がる面白そうなことをやっていて楽しそうですね。酪農は楽農なんちゃって。
●上野:ははは。実はそんなメッセージを発信しているのかも知れませんよ。放牧酪農やグラス一杯の牛乳を通して、地域や地球の環境についても考えさせてくれます。
 土づくりに始まり、生産から生乳製品の加工・販売・ブランディング、直営カフェやショップ、サウナ、宿泊施設の運営など、どれも今ではビジネスモデルになっていますが、その先駆け的存在が十勝しんむら牧場です。
★一咲:このような酪農の価値を生かすユニークなコンテンツは、従来の酪農のあり方だけではなく、働く環境や地域を変えて行くチカラを秘めていそうで今後の展開がとても楽しみです。

周囲を緑に囲まれた牧場内で、ひときわ目を引く赤いカップから牛が顔を出している看板は、牧場に併設されたカフェ・クリームテラスの看板。こんなオシャレなセンスも、従来の酪農のイメージとはかけ離れていて個性的。
カフェ・クリームテラスのユーモラスな壁面。大きな看板と壁から半身が出ている牛の立体像。牛の立体像は乳搾りが擬似体験できるように造られているのも楽しい。さあ、この写真には何頭の牛の姿が見つかるでしょう?
正解は5頭(ブタも1頭います)。

カフェ・クリームテラスでいただいた自家製のスコーンにクロテッドクリーム、ミルクジャムのティーセット。スコーンの他にワッフルなどもあります。カフェ・クリームテラスは、十勝しんむら牧場内の他、帯広市にエスタ帯広駅店、札幌市にココノ ススキノ店を展開しています。

十勝しんむら牧場の加工品。代表的なミルクジャム(写真上・左)は、原料は「放牧牛乳」と北海道産のグラニュー糖のみ。なめらかにとろけるミルクの豊かな味わいをパンやお菓子、フルーツ、紅茶などに。プレーンの他、バニラや抹茶風味など全10種のバリエーションがあります。クロテッドクリーム(上・中)は、生乳100%の自然な甘さと香りで、さっぱりした味わいが特徴。焼きたてのパンやスコーンにたっぷりと塗って味わいたい。写真上・右は「放牧牛乳」とバター、北海道産小麦、十勝オークリーフ牧場のハーブ卵を使用し丁寧に焼き上げたスコーン。クロテッドクリームやミルクジャムと一緒に。これらはカフェ・クリームテラスや直営オンラインストアなどで購入できます。
十勝しんむら牧場を案内してくれた牧場スタッフの杉山美賀子さんとHAL財団アンバサダーの渡辺陽子アナウンサー。

日本一大きなパン屋の秘密

●上野:一咲さん、お疲れさまでした。これから東京に戻られるわけですが、取材予定外ではありますが、その前にパン屋さんに寄ります。
★一咲:そこはもしかしたら、ベーカリーとしては日本一敷地面積が大きなパン屋さんですか?
●上野:ははは、よく分かりましたね。ここの敷地面積は11,000平方メートル、東京ドームの約1/5の広さです。
★一咲:上野さんが日本一好きなパン屋さんでしょう?! 一昨日も来ましたよ! それに今朝のホテルの朝食でも、ここのパンを食べていましたよね?! 
●上野:ははは、ここのパン大好きです。もうランチの時間ですから、一咲さんもお腹が空いているでしょう?
はい、満寿屋商店さんのフラッグシップ店「麦音(むぎおと)」に着きましたよ。
一咲さんもすでに知っているように、麦音さんのパンは十勝産小麦粉を100%使用しています。また他の食材も十勝産にこだわっています。いわゆる「地産地消」をテーマにパンを作っているのが麦音です。
★一咲:それは日本一大きなパン屋さんの秘密でしょ? 地産地消のパン屋は、どこでもできそうだけど、やはり十勝という土地でなければ難しそうです。
●上野:これは秘密でも何でもありませんが、詳しいことは今度ちゃんと取材しましょう!
おや、渡辺さんがランチのパンを買ってきてくれました。
★一咲:麦音の店内には、購入したパンをそのまま食べられるイートイン・スペースもありますが、広い庭で敷地内にある小麦畑を渡る風の音、水車が回って小麦が挽かれる音、時折り聞こえる鳥のさえずりを聞いたり、木々の間を駆け回るリスを眺めながら食べるのが気持ちいいです。
●上野:味の方はどうですか?
★一咲:どこか優しい味で美味しいですね。小麦は小麦でも十勝産ということもあってか、東京で食べるパンとは食感も味も少し違うようです。これぞ“十勝パン”っていう感じかもです。
●上野:ははは。食べ過ぎてお腹を壊さないでくださいよ。

麦音でいただいたランチのパン。店長の天方慎治さんがオシャレなカゴに入れてくれました。パンは写真・左から、香ばしいローストしたクルミがたっぷりのその名も「たっぷりクルミパン」、写真・中はきたほなみなど3種の十勝産小麦がブレンドされ、ふんわりサクサクな食感に仕上げられた「クロワッサン」、香りと小麦の味わいが豊かな「とかちミニフランスパン」(写真・右)は、十勝産小麦キタノカオリを主に他の十勝産小麦を独自に配合したもの。
こちらもランチで追加にいただいたパン。写真・右は十勝産の希少な小麦「キタノカオリ」と良質な十勝の軟水で作られた「オドゥブレ十勝」。手前のパンは十勝産黒豆をたっぷり使った「黒豆塩バターパン」。すべて美味しくいただきました。

(写真・上)出来立てのパンを愛おしそうに見る麦音店長の天方慎治さん。
(写真・下)天方さんとHAL財団アンバサダーでフリーアナウンサーの渡辺陽子さん。

藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、ロンドン、パリなどの世界の都市から、ボルネオの熱帯雨林、
アフリカの砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com
写真:ISSAQUE FOUJITA

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2439/

2025年3月4日号 (通算24-49号)

WEB版HALだより「動画編」を公開!

 2006年第2回HAL農業賞を受賞した「十勝しんむら牧場」の代表取締役である新村浩隆さんと、2013年第9回HAL農業賞を受賞した「前田農産食品」の代表取締役である前田茂雄さんとの対談を先日公開しました。

独創的な経営スタイルで注目を集めるお2人に、北海道農業の課題、そして未来を語っていただき、大いに盛り上がりました。
その対談の公開に先んじて、しんむら牧場の動画も公開しています。農業賞受賞後、会社がどのような成長を辿ったのか、新たな夢や目標はどんなものがあるのか。現在のしんむら牧場の姿を追いかけ、それを映像でまとめました。そして、今回の公開は前田農産食品株式会社です!



この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2401/

2025年2月25日号 (通算24-48号)

“農家のかあさん”は誉め言葉!

*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。なお、この文章は、筆者及び筆者の所属する団体の見解であり当財団の公式見解ではありません。

レポート:吉川 雅子

「森田農場」の森田里絵さんと初めて会ったのがいつなのか、残念ながらはっきり覚えていません。ただ、食に関心のある人たちの勉強会で知り合ったのは確か。その後しばらくして、ご主人の実家の清水町で農業をするという話を聞き、とてもビックリしました。
いつも十勝を訪れる際には立ち寄らせていただいていますが、“農家のかあさん”が板についた里絵さんをご紹介します。

小豆の花が咲く畑での里絵さん
畑違いの環境へ

 私の中では、十勝といえば、真っ先に清水町の「森田農場」を思い浮かべます。十勝には知り合いの生産者さんも多く、清水町を通って周遊するため、時間が許せばお邪魔させていただいています。
今回7月に伺った時は、小麦の収穫がほぼ終わったところ。コンバインで刈り取った小麦を、倉庫の大きな乾燥機に入れる真っ最中でした。

乾燥機の前でトラックの誘導をしていたのが里絵さん

会うたびに“農家のかあさん”の貫禄がついてきている里絵さんは、長崎生まれ、横浜育ち。札幌でお会いしていた頃はスーツやワンピース姿が多く、20年ほど前に、「いよいよ清水町に行って、農家をすることにしたのよ」と口にした時は本当に驚きました。
移住した年の夏に、私はすぐに清水町に遊びに行きました。町を案内しながら、清水町の魅力をいろいろ話してくれる姿が、とても楽しそうだと思ったのを覚えています。
ただ、ご両親と自分たちが考えている農業に少し違いがあることや、それでも「信頼を得るまでは今のやり方をしないといけない」ということも話していたのが印象的でした。

森田農場の歴史

森田農場は、明治時代中期に森田小三郎氏が岐阜県から入植。今から120年ほど前のことです。十勝平野の気候に合った農作物である小豆や金時豆などの豆類、ジャガイモ、小麦、ビートを作付けしてきました。3代目の慎治氏の時に畑作に加えて酪農を始めましたが、のちに、乳価が低迷したため畑作に一本化。2003年に、慎治氏が農業を引退することになったため、4代目の哲也氏が札幌から故郷に戻ってUターン就農。
哲也氏が慎治氏から相続した畑は約30haでしたが、近隣の農家が離農して手放した畑を受け継ぎ、畑の規模は借地も含めて約72ha(東京ドーム15個分)まで拡大しました。豊かな黒土を活かした農産物の生産に加え、直販体制を築き、加工品を手がけることで経営規模が拡大したため、2011年3月、哲也氏が「(株)A-Netファーム十勝」を設立して代表取締役に、里絵さんは専務取締役に就任しました。

麦稈ロールを集めている哲也氏
森田夫婦が目指した農業

森田農場の先祖たちは、十勝平野で盛んに行われている酪農から生じる牛糞や、砂糖の原料となる作物「ビート(てん菜)」の葉を堆肥としてすき込んだりして、作物が育つ土の環境を整えてきました。
現在、森田農場が力を注いでいる小豆は、同じ場所に何年も植え続けると落葉病などの連作障害が起きやすいため、小豆を一度植えた畑は、3年の間隔を空けてから再び植える「4年輪作」を守ることで病気を防いできました。また、有機肥料の施用などを行い、なるべく環境に負荷の掛からないような栽培に取り組み、なおかつ風味や味わいのある農産物の栽培を行っています。

森田農場から取り寄せた黒豆と小豆

2011年の法人化では、「ここまで100年、ここから100年」をモットーに掲げ、永続できる農業として、“土作り、安全性、美味しさのバランス”が取れた農業を目指しています。
2013年にはJ-GAP(生産工程管理)の認証を受けるなど、経営の「見える化」を進め、さらに、2015年には小豆(AZUKI)で世界初のグローバルGAPの認証を取得しています。

特に思い入れのある小豆

 農地72haのうち8~10haを占める小豆。日勝峠に続くゆるい傾斜地の畑は標高183mと意外に高い。これより標高が高いと小豆栽培は難しくなります。

小豆は黄色い小さな可憐な花をつけます

農産物のほとんどは“昼夜の寒暖差が大きい”環境の方が美味しくできます。
里絵さんはその美味しさに魅せられ、2005年にはネットショップ「小豆らいふ」を開設。全国のお客様に小豆のほか、丹精こめて育てた農産物を届けています。

月日と手間暇をかけて食卓に届いた小豆には煮方の説明も同封されています

里絵さんはアイデアウーマン。以前は、自社の小豆と市販の最中の皮のセット販売をしたり、小豆を使った料理コンテストをSNSで募集したり、YouTubeで畑の様子や小豆の料理法などを配信しています。“小豆を食べる”だけではなく、”小豆を煮る。そして食べる”という、手間をかけたり、ゆとりを持つという提案も行っているのだと私は感じています。
森田農場の小豆は「きたろまん」という品種で、粒のひとつひとつが大きく、小豆の味がしっかりと感じられます。中でも大粒のものを手選別して「プレミア小豆」として限定販売もしています。
今では、こだわりの和菓子店や洋菓子店、ベーカリー、セレクトショップにも卸しています。

すぐ食べられる小豆の商品化

2013年に6次産業化認定事業者となって、最初に商品化したのが「ホクホクあずき」です。小豆本来の味を損なわずに手軽に食べられる商品を模索していたところ、大豆のドライパックがヒントになりました。常温商品であり、賞味期限が長いため、販売店も取り扱いやすい。ほかにも、小豆茶や森田あんこ、黒豆茶、黒豆プロテインなど、商品ラインナップが増えました。

そのまま食べられる加熱済みの「ホクホクあずき」
砂糖を使わず発酵の力で甘味をつけた発酵あずき

2015年世界で初めて取得した小豆グローバルGAPは、海外進出も視野に入れてのことでしょう。商品化する際に付けたブランド名は「モリタビーンズ」。豆に特化していることをアピールしながらも、海外の人にもわかりやすい欧文を使用しています。「森」という漢字がデザイン化されたロゴマークは、楕円の豆のフォルムを生かし、キラキラと輝くさまを表現しています。

デザイン化された小豆のパッケージで国内外へ

里絵さんは「今が楽しい」と言います。子育てや家事もしながら、農作業、そして社員やパートさんたちの育成、事務仕事、ホームページ作り、商品発送、その中での商品開発。時間がいくらあっても足りないのでは?
「頭を使う仕事と肉体を使う仕事の両方ある方がバランスが取れると思う」

体を使う仕事と頭を使う仕事のバランスがあるから「楽しい!」

はて? 実は私も同じようなことを考えていました。デスクワークだけの日もありますが、近隣の生産者さんの農作業を2~3時間手伝う日もあります。農作業をしている時は、無心の時もありますが、デスクワークの頭の整理をしている時もあります。整理されているからデスクワークの時にひらめきがあったり、別な目線や考え方ができると感じています。

今年も新豆を取り寄せ、ゆっくりと手間をかけて小豆を煮よう。元気な“農家のかあさん”の顔になった里絵さんを思い浮かべながら。

久々に煮た粒あん
粒あんを仕上げる前に、硬めの状態を取り出してサラダ用にします

プロフィール
吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。

札幌市中央区で「アトリエまーくる」を主宰し、料理教室や食のワークショップを開催。原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。

著書
『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2383/

2025年2月18日号 (通算24-47号)

農業経営レポート

“Seek out innovators”Ⅴ 
~今まで不可能と言われた「網走」でのコメの生産!~を掲載します。

筆者の梶山氏は元農水省職員。現在は、千葉県で一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事、行政書士として活躍中。なお、この文章は、筆者個人の見解であり当財団の公式見解ではありません。 それでは、ここからレポートになります。



レポート:梶山正信

Ⅰ はじめに

2022年、北海道で先駆的に水無し乾田直播にチャレンジしている共和町の合同会社ぴかいちファームの農業経営者の山本耕拓(やまもと たかひろ)さんを取材した。このチャレンジを山本さんが行ったのは、網走市において畑地でのコメの生産に2018年から取り組んでいる福田稔(ふくだ みのる)さんの存在があったからだという。
そこで、今回は原点とも言える網走市の福田さんのもとを訪ね、その取り組みの経緯や思いの丈を伺った。福田さんは自分自身の農業経営において、本当にやりたいことは何なのか?と疑問を持ったという。そのきっかけとなったのは、当時福田さんが網走青年会議所の役員だったことが大きい。上部団体の網走青年団体連合会の農業以外のメンバーと交流する中で、多様な刺激を受けたからだったという。

それまでの福田さんは、農産物を作ることが専業。それは収益をあげる手段だと気づいたのだ。加工原料となる作物では、農産物の作られる過程やその意味を伝えることもできなければ、感想を受け取ることもできないのだ。そこで、今作っている農産物では無理でも、コメならそれができるのではないかと考え「網走で生産したコメを、地元の全ての子供たちに食べてもらう!」ことを目標に、網走では全く行われてなかったコメの生産を2018年から自ら一人で、しかも手探りで始めたのだった。
福田さんが畑地でたわわに実ったななつぼしを見ながら、一言一言、思いを込めてお話されると、私自身自分の志の大切さに改めて気付かされる取材となった。

経営者の福田稔さんと農場入り口の看板写真:写真筆者
Ⅱ 福田さんのコメの生産の取組について
1.福田農場の概要とコメの生産の経過

福田農場の営農を遡ろう。この地のほとんどが本州からの入植で始まるが、福田さんも同じだ。しかし、福田さんの名刺には大きく“3代目”と記されている。現在の場所での営農は曾祖父が養子に入ったころからだそうだ。それゆえの“3代目”なのだ。
福田さんは1981年6月生まれ。2002年に北海道立農業大学校を卒業後、生家の農業経営に従事した。現在の経営は、麦類(13ha)、ビート(13ha)、でんぷん芋(13ha)、ゴボウ(0.5ha)、コメ(1.2ha)等の合計約42haを輪作で作付けしている。作業は、福田さん夫婦と両親の4人でやっているが、繁忙期の9~11月は特定技能で就業している2名の従業員を加えて行っている。

~コメの生産の経過について時系列まとめ~

①2018年
コメ農家との伝手、接点がなかったことから、ネット販売で茨城県のもち米品種種子を入手。畑の一角、2列(0.5m×2m)の極小面積で初めて作付け。出穂はしたものの不稔で実は入らなかった。

②2019年
陸稲のうるち米品種を同様に作付け。モミはついたものの、不稔で実は入らず収穫には至らなかった。

③2020年
これまでの取り組みでの経験から耐寒性の高い品種である「ななつぼし」に変更を検討。折よく農協から20㎏の種子を購入することができた。2018年から使い始めた菌根菌(マイコス)、ビール酵母を使い、乾田ドリル播きで7aほどの作付けを行った。これが功を奏したのか初めてコメの生産に成功。しかし、コンバインもないので手刈りしたものの、作業が追い付かず、手刈りができない大部分をそのまますき込んでしまうことになった。

④2021年
青年会議所の委員長に就任したことを契機に、プロジェクト事業として本格的に取り組む決心を固めた。今まで網走では不可能だったコメを作って子供たちに食べさせるプロジェクトを円滑に進めるために、従来から資材利用で付き合いのあるビール酵母資材の製造元であるアサヒバイオサイクル(株)に相談し、協力を得ることができた。この事業にはアサヒバイオサイクルも積極姿勢を見せ、技術的な支援やプレスリリースなど側面支援をも受けることができた。
その結果もあり、2021年には広さ9aのほ場で本格的に生産することができた。もっとも、コメに適したコンバインがまだなく苦労することになった。しかし、少量といえども初収穫だ。子供たちと一緒に水田のななつぼしとの食べ比べの企画も実施できたのだった。

⑤2022年
17aに作付け面積を拡大。さらに中古の自脱型コンバインを購入。ついには、畑地にも関わらず1,290㎏の「ななつぼし」のモミを収穫することができた。しかしながら、コメの乾燥施設がなかったため、収穫後のコメにカビが発生し、残念ながらそれを全て廃棄することになってしまった。

⑥2023年
前年の苦い経験を活かし、コメ用の乾燥機も昨年の自脱式コンバインに加え購入。設備としては、立派な「稲作農家」となった。そして、面積をさらに増やし、22aの畑地で栽培を実施。収穫後の「ななつぼし」は14.5%の水分量に乾燥させ、1,330kgのモミ付きのコメを生産することができた。以前から依頼のあった飲食店に400kg弱の「おコメ」をついに販売できたのだった。

⑦2024年
栽培品種は「ななつぼし」を昨年に引き続き選定。作付け面積を1.2haと、一気に前年の約5倍もの面積に広げた。取材後の10月13、14日に収穫予定だが、この状況であれば5トン程度の収穫は見込めるだろうとのことであった。

福田さんのこれまでの長い取り組みの経過を列記してきたが、栽培のきっかけとなったのは2018年に麦類の生産において、初めて菌根菌(マイコス)やビール酵母を利用したことにある。これらの資材は麦や芋類の種子等に良い影響があるとは聞いていたが、ひょっとするとコメにも良い影響があるかも、という程度の気持ちだったという。
2018年から畑地でのコメの生産の取り組みを始め、失敗しながらも毎年改善をしてチャレンジをし、年々面積を広げ、個人で必要な機械を中古で揃えながら、ということを重ねてきたのだ。本当に地道に取り組んできたことを今回の取材で私は初めて知ったのだった。
だが、私の本心から言えば、このように、数字としての経営では全く儲からないようなコメ作りにここまで取り組んでこられたのは、やはり「網走で生産したコメを、地元の全ての子供たちに食べてもらう!」という目標の強い意志、つまり揺るぎないその志があるからだと思えた。福田さんから直接話を聞いていても、正直、それ以外考えられなかったのだ。



今年の福田農場1.2haの畑地でのコメの生育状況写真:写真筆者

2.その志はどこから来るのか?

私が福田さんの姿勢に強く惹かれたのは、共和町の山本さんやアサヒバイオサイクルの上籔氏からの話だけではない。
2023年に生産したななつぼしを購入した飲食店店主の伊藤勇太さんからもお話を伺った。福田さんと伊藤さんは網走青年会議所での仲間同士だ。福田さんがコメ栽培にチャレンジしても、全く成功しない、生産できないことを伊藤さんは知っていたのだ。それにもかかわらず、伊藤さんはコメが生産できたら絶対に自分の店で出すので売って欲しいという話をしていたのだった。料理のプロである伊藤さんもコメに挑戦する福田さんの志に強く共感を覚えたのだ(伊藤さんは、2023年12月に菜ご海(なごみ)という飲食店を網走駅前に開店)。
私も今回、絶対に福田さんのななつぼしを食べて帰らないと取材に来た意味がないと考えていた。取材初日の夜に菜ご海を訪問し、土鍋ご飯を注文した。ちゃんと適した炊き方をすれば、畑地でも水田で生産されたななつぼしと遜色ない食味だと感じた。

 



土鍋炊きのななつぼし:写真筆者

2023年の収穫後、乾燥調整した1,330kgのお米のうち約400kgを伊藤さんの菜ご海(なごみ)に販売した。私は、経営論からするとまずそこの出口戦略の構築が一番にあるべきだと話したが、福田さんは意識はしていると言うものの、やはり一番はコメの販売ではなく自分の志だと言う。つまりそれは、網走市全ての学校給食でコメを供給することなのだ。そのためには年間26トンが必要だそうだ。福田さん一人では無理かもしれないが、それに向かってこれからも全力でコメに取り組む意志を強く感じた。
2023年度、福田さんが網走市内の学校給食に提供したのは、スポットでの70kg程度だけだったが、目標は網走市内全ての学校給食へのコメの供給である。2024年産が5トン程度の収穫見込とのことであるが、飲食店等からの引き合いが3トンほどになる。しかし、それは福田さん自身の本当の目標ではない。バリューチェーンを構築しつつ、必要となる年間26トンの全ての網走市内の学校給食へのコメの供給を目指している。この網走の地では困難な収穫や乾燥施設の増強の戦略をも考えているのだ。過去に青年会議所の委員長も務めたことから、地元関係者の信頼も厚く、地元農協とも協議を行っているようだ。何しろこのイノベーションに現状では制度が追い付いてないのが実態なのだ。これから新しくルールを作り、各種制度を確立していく中で、福田さんの取り組みが本当に達成されることを、私も強く望みたい。

この1.2haの作付け地の横には、「NPOじっとく」という子供の活動をサポートする団体の取り組みで、子供たちが自分たちで種まきした、ななつぼしや大豆、サツマイモ等が植えられていた。これが福田さんの言っている農産物が直接消費者につながる取り組みであり、それを子供たちが実際につながっているということだ。今ここですでに実現できていることが本当に素晴らしいと感じた。


子供たちが種まきしたななつぼし等

3.将来の自分の農業経営はどのようにしたいのか

福田さんは、今後、福田農場を株式会社化する計画があるという(※取材当時。現在は、法人化されている)。そしてコメの面積は近隣のやる気のある農家とともに徐々には拡大する予定ではあるものの、自分自身の耕作面積を積極的に拡大する意向はないという。規模拡大すれば、それだけ人材確保等に自分のリソースが削がれる。それにより自分のやりたいこと、目標への道が遠くなると考えているのだ。自分の農業への取り組みに対して、単純な規模拡大は本末転倒だと意識されていると感じた。
現状では、積極的な規模拡大の意向はないものの、共和町の山本さんのところも、あるいは日本全体の課題として、高齢化等での離農が徐々に進んでいる。福田さんは農業委員会の委員という立場からも、地域での役割は果たさなければならないと話していた。自分の経営全体としての戦略と整合のないまま規模拡大を行うと、過剰な投資で自分の経営の首を絞めることにもなりかねない。トータルでの営農の全体戦略を構築した上での農業経営を自分の志とともに両立させる、いわゆる経営学でいわれる「両利きの経営」のセンスがこれからの農業では求められると強く感じた。

福田さんには、これまでの長い苦難の取り組みを失敗しても諦めず、地道に重ねてきたことをベースに「網走で生産したコメを、地元の全ての子供たちに食べてもらう!」という志がある。これからも福田さんのモチベーションを鼓舞していくだろう。そして、まわりの多くの人がそれに共感して新たなチャレンジに果敢に取り組んでいるのを見ると、福田さんの志は本当に凄いと感じ入ってしまう。北海道のチャレンジ精神旺盛な人がたくさんいる中でも、特に稀有な存在ではないかと感じた。
なお、冒頭で網走青年会議所の委員長時代に、交流する多くのメンバーから農業以外での多様な視点での刺激を受けたと書いたが、現在は網走ライオンズクラブにも入って、積極的に農業以外の経営者と交流を持っているという。

今後の目標に対するロードマップ、つまりどのように次の戦略を考えているかを確認したところ、福田さんの成功を見て、近隣の若手農業経営者が畑地でのコメの生産に取り組む意欲のある人が出てきているという。そのためには、自前の乾燥施設が現在の生産レベルで既に限界になっていることから、それを地域で解決し、地域における集団での生産も視野に入るであろう。年間26トンのコメの生産も将来的には可能になると私は考える。
勿論、それは数年のうちに必ずできるとは思わない。しかし、共和町の山本さんもそうだが、福田さんもまだ40代である。そう遠い未来の話ではなく「網走で生産したコメを、地元の全ての子供たちに食べてもらう!」という目標をきっと達成するであろうと強く感じて、今回の福田農場への取材を終えた。

Ⅲ あとがき

今回、福田農場にお邪魔したのは、2022年から北海道で先駆的に水無し乾田直播にチャレンジしている共和町の山本さんを取材したことがきっかけである。それは「あの網走で、福田さんが畑地でのコメの生産に成功したと聞いて、水田でコメを作る自分たちは、今すぐにとにかくチャレンジしないと大変なことになる!」という猛烈な危機感を取材で聞いたからだ。

私も、福田さんから現場でじっくり話を聞き、改めて自分が起業するに当たっての志に気付かされた取材だったと最初に書いた。これからも決してそのことを忘れることなく、チャレンジする農業経営者とともに、仕事ではなく『志事』として経営戦略をベースに、これからも農業の現場に『志』を持って立ち続けるつもりである。

梶山正信
一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事(特定行政書士)

筆者プロフィール
 1961年生まれ 
 2021年まで農林水産省に勤め、現在は一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事、特定行政書士として活躍中
 2023年からは、早稲田大学招聘研究員として、カーボンニュートラル、地域活性化等を学んでいる

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2369/

2025年2月12日号 (通算24-46号)

スペルト小麦と美味しい牛の関係

*今回の「WEB版HALだより」は、昨年大変好評だった、農業とは縁のなかった写真家・藤田一咲(いっさく)さんに、北海道農業の現場を見てもらい話を聞く企画の第2弾の2回目です。今回もHAL財団・上野貴之が聞き手となる対談形式でお届けします。私は敬愛の気持ちから、今回も一咲さんと呼ばせていただきます。

(HAL財団 企画広報室 上野貴之)

小麦の生産量日本一は?

●上野:一咲さんは毎朝パン食でしたね。パスタもお菓子もよく食べますよね。その原料は何でしょう?
★一咲:それは難しい問題、なわけないでしょう! 小麦粉ですね!
●上野:そうです、小麦粉はさまざまな食品に使われている。それはどこで作られているでしょう?
★一咲:そういえばロシアとウクライナの戦争により、小麦不足のニュースを見たような。
●上野:小麦の主な生産国は中国、インド、ロシア、アメリカ。日本は小麦の輸入大国で、国内での需要量の約9割を外国から輸入しています。ほとんどがアメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入なんですよ。
★一咲:あら? 今回は北海道で小麦を作っているという話ではないのですか?
●上野:作っていますよ。前回のそばも全国1位だけど、北海道の小麦収穫量も全国1位。米の収穫量より多いんですよ。
 北海道は気候が冷涼で降水量が少ないので、小麦の栽培に適していて高品質な小麦が生産されています。

農業データメモ
 令和5年産そば収穫量 全国3万5,600トン 北海道1万3,700トン(国内生産の38%)
 令和5年産小麦収穫量 全国100万4,000トン 北海道71万7,100トン(国内生産の66%)
 令和5年産主食用コメ収穫量 全国661万トン 北海道47万5,900トン(国内生産の7.2%)

★一咲:北海道では小麦が広く栽培されているんですね。そういうイメージはちょっとなかったな。
●上野:そうかもしれないですね。というのは、北海道で今見られるような大規模な小麦産地としての歴史は、1970年代後半の農業政策として小麦が推奨されたことから始まりますからね。
★一咲:まだ50年くらいの歴史なんですね。でも、これだけ需要がある作物なのに自給率が低すぎませんか?
ロシアとウクライナの例からでも簡単に想像できますが、世界の小麦の産地で紛争が起こったり、気候変動で干ばつになったら、不作になって輸入ができなくなることもありそうですよね。そうでなくても、小麦粉の価格が高騰するとか。ぼく自身もそうですが、小麦の重要性は米よりもほとんど知られていないのでは?
●上野:重要性どころか、北海道の小麦の認知度も低いのが現状かもしれませんね。
★一咲:そばと同じような状況でしょうか。北海道の小麦の種類やブランドもいくつもあると思いますが、まったくわかりません。
●上野:北海道には、パンが作れる国産小麦として人気のある〈春よ恋〉や、道内の秋まき小麦の作付け面積の9割を占めている、白さときめの細かさが特徴の〈きたほなみ〉、国産初の超・強力粉の〈ゆめちから〉などがあります。
一咲さんも感じたように、日本国内、国外の小麦の状況の認知度を高めること、また、生産量の向上や安定化、ブランド化などが、北海道産小麦をこれからもさらに発展させていくために必要なことでしょうね。
★一咲:そばの取材でも思いましたが、日本一だから現状を維持するのでいい、という感じがどこかします。日本一を維持するのも大変だとは思いますが、これ以上は何もできない、限界というわけでもないように思います。
 金儲け主義みたいなのはちょっと嫌な感じですけど、北海道の農家はもっと貪欲になってもいいのでは? そば商人とか、小麦商人と呼ばれるような農家さんがいてもいい。経営者意識がどこか薄いのかな。
●上野:一咲さん。まさにそこなですよ。私たちHAL財団は以前の名称は北海道農業企業化研究所と言い、農業の経営の部分を専門に調査研究する団体なのです。北海道に限らないのですが、農家の高齢化や離農よりも経営者意識というのが大きな問題を孕(はら)んでいると思います。これだけ物価が上昇しているのに、農作物は低価格のままなんですから。
今日の取材先の本別町にある福田農場は、その辺も含めて、北海道農家の在り方、北海道農業の未来をしっかりと考えています。福田農場は主に美味しい牛を育てている農場ですが、今日はスペルト小麦の畑を取材します。

本別町美蘭別にある福田農場のスペルト小麦畑。スペルト小麦とは古代種の小麦のこと。
小麦生産量日本一を誇る北海道でも生産量はかなり少ない品種。一般的な小麦よりも背丈が高くたくましい姿が特徴。
たまたま収穫の日に訪れることができました。
収穫するスペルト小麦の状況を見る福田農場の福田博明さん。表情は真剣だが、その目には満足感も漂っていました。
手の平の上のスペルト小麦に福田さんはどんな未来を見ているのだろう。

ビオ(有機)のこと

●上野:一咲さんはスペルト小麦を見たことはありますか?
★一咲:毎度お恥ずかしい話ですが、スペルト小麦という名は聞いたことはあるのですが、どういうものか知りませんし、見たこともないです。
●上野:名前は知っていました?
★一咲:パリのスーパーなどで、“BIO[ビオ。フランス語のビオロジック(オーガニック、有機)のこと]”と表示があるクッキーやパンなどの成分表示にスペルト小麦があるものを見かけていましたね。
●上野:スペルト小麦はフランス語でもスペルトという名称ですか?
★一咲:スペルトはスイスのスペルツから来ているような気がしますが、フランス語ではエポートルですね。日本ではなぜかエポートフと呼ばれているのも見かけますが。イタリアではファッロ、ドイツではディンケルかな。
●上野:日本では有機栽培、オーガニックというと特別なものという感じがありますが、ビオはよく見るものですか?
★一咲:ビオはよく見ます。普通に日常生活に溶け込んでいます。ビオは野菜や果物だけではなく、肉、卵、乳製品、はちみつ、ワイン、お菓子などもあります。ちなみに、フランスではビオ製品には「AB(アグリキュルチュール・ビオロジックの略。フランス農務省認可の有機栽培)マーク」、ヨーロッパ全体では欧州認可の「ユーロ・リーフマーク」が付いていたりします。
●上野:やっぱりヨーロッパはオーガニック製品に対する意識が高いんですね。北海道でも農薬や化学肥料をなるべく使わずに作物が元々持つ力を生かした作物作りを目指す農家が増えています。その背景には、化学農薬使用量の50%低減や輸入原料、化石燃料を原料とした化学肥料使用量の30%低減、耕地面積に占める有機農業の取組面積割合25%(100万㏊)への拡大などを目指す、農林水産省が令和3年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」があったりもしますが。
★一咲:なるほど、色々な理由や背景があるのですね。
●上野:できるだけ自然本来の状態で作る方法を取り入れている方が増えてきました。
★一咲:それは環境を守っていくことにもなりますね。
●上野:自分の暮らす地元の、ひいては国や地球の環境を守り未来に繋いで行く。
★一咲:いわゆる持続可能な開発目標(SDGs)にも繋がるようですね。それにしても、本来の自然の状態、と一言で言っても実際には難しくないですか?
●上野:難しいです。それを今から20年以上も前に始めたのがこれから行く福田農場。

収穫時期に入ったスペルト小麦の色はベージュよりも、茶色に近い印象。
力強くいかにも古代から今日まで品種改良、遺伝子操作を受けずに生き続けてきた種の姿をしています。
一般的な小麦よりも穂は大きく長く、籾殻は見るからにとても硬そうです。
スペルト小麦の栽培は古代種だと言っても、種を蒔いておけば、後は何もしなくても勝手に育つわけではない。
大変な苦労がある、と満面の笑顔で語る福田さん。
同行の渡辺陽子アナウンサーは「いい作物を作る人は笑顔もいい」と話していました。

スペルト小麦畑にて

●上野:一咲さん、私も初めて見るスペルト小麦ですが大きいですね。
★一咲:背丈は140〜160センチメートルくらいはありますね。茎も太く、穂も長く太い。ヨーロッパでもこれは見た記憶はないです。
●上野:スペルト小麦は古代小麦のことで、現代で幅広く利用されている普通小麦の原種です。スペルトは日本語で「籾殻(もみがら)」という意味。その名の通り、殻に大きな特徴があります。殻は厚く硬い。ゆえに鳥や昆虫などから穀粒を守るのです。
 また、栄養素が表皮と胚芽に含まれる普通小麦と異なり、スペルト小麦の栄養素は穀の内側に豊富に含まれています。普通小麦では製粉工程中に栄養素の多くは除去されますが、スペルト小麦では精白した普通小麦に比べ、マグネシウム、マンガン、亜鉛といったミネラル成分が非常に豊富なのです。
★一咲:古代っていつ頃ですか?
●上野:確かなことはわかっていないですが、一説では9,000年くらい前といわれています。そのころから、人工的な品種改良を経ていない穀物なんですよ。
★一咲:福田さんからここのスペルト畑の広さは11ちょう、と聞きましたが「ちょう」とは?
●上野:ちょうは、農家さんと話していると、今も普通に使われる日本古来の農地の計量法、尺貫法(しゃっかんほう)の単位の一つですね。
最近ではぼくも慣れましたが、最初は一生懸命計算したり、農家の方にそれって何平米ですか?と訊いていました。特別にレクチャーしますね。歩(ぶ)・畝(せ)・反(たん)・町(ちょう)の町。一咲さんも「反」は耳にしたことがあるでしょう。1歩=1坪、1畝=30歩(1アール)、1反=300歩(10アール)、1町=3,000歩(100アール=1ヘクタール)だから、11町は11ヘクタール。農業に馴染みがない一咲さんには、ヘクタールでも広さの実感がないだろうなあ。平方メートルでは1町=110,000㎡。もっとわかりやすく言うと、ここの面積は東京ドーム(4.7ヘクタール)2個分とちょっとにもなるんですよ。
★一咲:そこまで言われなくても、実際に見ればここがいかに広いかはよくわかります!
●上野:福田さんのスペルト小麦は、ハンバーガーのバンズ(パン)などにも使われています。生産をもっと増やして欲しいという声はあるそうだけど、手間もかかるし、他の作物や牛もいるので、この広さが限界のようです。
★一咲:スペルト小麦は見るからに現代の小麦と色も形も違い、背丈の高さも古代の野生の穀物という感じですね。どんな環境でも手間がかからず、種を蒔いておけば勝手に育つみたいなイメージですが。
●上野:家庭菜園ではそういう話もありますが、福田農場くらい大きな畑になると大変なようですよ。
★一咲:どんな難しさがあるのか想像もつかないです。
●上野:古代穀物だから丈夫というわけではなく、生育環境によっては病気には弱いという側面もあります。また、収穫時期の湿度が高いと、穂から芽が発生することもあるので、風通しの良い畑にするための種のまき方や、背丈が高いので倒れやすいなど畑の管理が難しいと言われています。
さらに、脱穀の際にも、籾(もみ)が固く外れないので籾すりという手間も加わります。収穫量も一般的な小麦に比べ少ないのですよ。それでも他の小麦では得られない味や栄養価の高さがあるし、小麦アレルギーも発症しにくいのだとか。
★一咲:こんなに元気に育って収穫を迎えているのを見るとこちらも元気になりますね。
●上野:スペルト小麦を含め、福田農場の作物が元気なのには理由があるのです。

スペルト小麦の背丈は140〜160センチメートルくらいにもなる。
その背丈の高さに比例するような穂の長さ、太さに驚く。
だが収穫率は普通の小麦よりも低く手間がかかる。
風味が良く高栄養価、小麦アレルギーの発症を抑える特徴があるのだそう。
殻は非常に硬いため、脱穀の後に籾すりという作業が発生する。
また一般的なロール式の製粉機では、含まれる栄養成分が熱で損なわれるため気を配る必要があるのだとか。
スペルト小麦が高価な小麦粉になるのもよくわかります。

全ては土づくりから

●上野:一咲さん、ここの土を見てください。
★一咲:黒々としていますね。いかにもいい土という感じがします。そういえば、ここまで来る途中で見かけた土には、今年の暑さや降雨量の少なさのためか、少し乾いた感じがしたところがあったのとは対照的です。
●上野:そうでしょう。福田農場は土づくりに力を入れているのです。
★一咲:でも福田農場のメインは牛と聞いたような? 土と牛の関係とは?
●上野:福田農場のメインはもちろん牛。黒毛和牛とホルスタインの交雑種を約1200頭飼育していて、自社ブランド牛〈美蘭牛 福姫〉が主生産物です。畑はスペルト小麦の他に、納豆用の大豆、肥料作物、牧草や家畜用デントコーンも育てています。広さにすると100ヘクタール、一咲さん向けに言うと東京ドーム21個分以上ですね。牧場と畑作を両方手掛けている農場で、この広大さはとても珍しいです。
牛に食べさせる作物も自分のところで作っていますからね。美味しい作物を食べた牛は美味しくなります。そして、その美味しい作物はいい土から作られているわけです。
★一咲:全てはいい土から始まるんですね。
●上野:ここで言う、いい土というのは、農薬や化学肥料を使っていない、自然本来の土ということです。ミミズや微生物が住むようなね。福田さんはそこに気がつき、20年以上の歳月をかけてここまで良質な土づくりを行ってきました。福田さんはこれを“土の修復”とも言っています。
★一咲:化学肥料や農薬を長年使ってきた土の方が土壌が改善されて良質というわけでもないんですね。
●上野: そうですね。もちろん、現在では化学肥料だけで土づくりをする農家はありませんが、過去の負の遺産というのでしょうか、化学肥料や土壌改良剤に過度に頼った農地は、特定の作物にはいいですが、他の育てたいものが育ちにくくなる傾向があります。土壌構造などにも影響があり、土地の保水能力も低下し、干ばつなど環境の変化にも弱くなります。福田農場の土も以前はそんな状態だったらしいです。
 今は多くの農家がそこに気づいて、しっかりと合理的な土づくりを行っていますが“土の修復”には時間がかかるのです。福田農場は、牧場がメインなので豊富な堆肥があるのが強みでしょうね。ここでは、牛たちのふん尿と木屑を合わせた堆肥にさらに枯草菌を混ぜ込んで、4~5年かけて熟成発酵させることで、より質の高い肥料を作っています。この肥料が土の中の微生物を活発にし、土を元気にしているのです。この肥料は国の堆肥登録がされていて、〈美蘭別の土にこだわる農家が作った肥料〉という商品名で販売されています。また、令和5年度全国優良畜産経営管理技術発表会の畜産経営部門で優秀賞の「畜産局長賞」も受賞しています。
そして、この肥沃な土から収穫した様々な作物を中心にした乳酸発酵飼料を牛に与えることで、健康で美味しい牛に育つのです。土が元気になれば、作物も牛も元気になるというわけです。
★一咲:土づくりは肥料づくりでもあるんですね。福田農場では肥料・飼料・作物全てが循環しているのですね。素晴らしい!でも、元気な土にするには膨大な作業量、時間がかかりますよね。
●上野:その取り組みに20年以上かけた福田さんによると、まだまだその途上にあるようです。
★一咲:昨日の新得町のはら農場のそば畑といい、今日の福田農場といい、今回の取材のテーマは「土づくり」ですね。
●上野:ははは、わかりましたか? いい土づくりには北海道農業の明るい未来の一端があると思っています。
おお! スペルト小麦刈り取り用の日本最大級のコンバインが到着しましたね。一咲さんも乗ってみてください。

これはドイツにある欧州最大規模の農業機械メーカーのコンバインで、コンバインハーベスター(複式収穫機)と呼ばれるもの。
日本では最大級のコンバイン。穀物の刈り入れから脱穀・選別を同時に行うことができる。
乗り心地はとてもいい。
スペルト小麦の殻は非常に硬く、脱穀しても殻が外れないため、脱穀の後に籾すりという作業が発生する。
また一般的なロール式の製粉機では、含まれる栄養成分が熱で損なわれるため製粉にも気を配る必要があるのだとか。
このコンバインはパワーもありハイテクで快適。運転は株式会社 石山ホールディングスの石山治臣(ハルオミ)さん。
若い人が農業に従事している姿を見ると心強くなる。

デントコーン畑にて

●上野:一咲さん、ここまで来たのでスペルト小麦畑の隣にあるデントコーン畑も見ましょう。もちろん、福田農場のデントコーン畑です。
★一咲:デントコーンって何ですか? 
●上野:澱粉(コンスターチ)などにも利用することもありますが、飼料用のとうもろこしのことです。馬歯種(ばししゅ)とも呼ばれます。粒の上のくぼんだ部分がデント(歯)のように見えることから付いた名前だそうですよ。
★一咲:とうもろこしも背丈が高い!
●上野:そして、葉が空に向かってバンザイしていますよね。土がいいからここまで元気に大きくなるんです。普通でも2.5メートルくらいになりますが、まだまだ伸びるでしょう。ここまで大きく育つとうもろこしは十勝でもなかなか見られませんよ。今は時期的に確認できませんが、実もびっしり詰まっています。
★一咲:これも良質な土と、元気な作物を育てる技術のたまものですね。
●上野:牛のために自ら飼料用デントコーンを育てるメリットとしては、デントコーンの高品位化・品質の維持、飼料コストの最小化、経営の安定化などがありますね。
★一咲:牛にも美味しいなら、ぼくが食べても美味しいんじゃないの?
●上野:どうぞ食べてください。固くて歯が折れると思いますが。
★一咲:ポップコーンにします!
●上野:ポップコーンは調理した食品の名前ではなく、そういう名前のコーンの種類です。
★一咲:えええ! それも知らなかった。とうもろこしを炒って爆裂させたもののことかと。 
●上野:とうもろこしはだいたい7種類あって、食用は主にスイートコーンとポップコーンです。
★一咲:だから、スーパーなどのお菓子売り場で、未加工の「十勝産 ポップコーン」があるわけですね。なぜポップコーンの「素」とは書かないのかと思っていましたが、そういうわけだったのか。あと、スナック菓子のミックスナッツの中にジャイアントコーンもありますね。
●上野:一咲さんが知っている農作物はお菓子になっているものが多いね(笑)。ジャイアントコーンという種類のコーンは、ペルーの限られた所でとれるもので日本にはないんです。デントコーンはメキシコ料理のトルティーヤ(薄焼きパン)にも使われていますね。
★一咲:良質な土づくりは、手間暇かかって遠回りなようだけど、農作物、それを食べる牛などの家畜、またそれを食べる人間にも環境にもいい。これからの農業のことを考えると、本当はまずここから始めなければならないかもしれませんね。そうやってできた作物を選ぶ・購入することは、生産者を応援するだけにとどまらず、人と自然が共存し、次世代に豊かな環境と社会を継承するという、持続可能な未来づくりに貢献できる。
●上野:ただ、今のところそうやってできた製品は当然高価になってしまうのです。これは農業だけでは解決できない今後の課題ですね。

福田農場のスペルト小麦畑のすぐ近くにある牛の飼料用のデントコーン畑。
訪れた時のデントコーンの背丈は2.5メートルほど。
これがさらに伸びて3メートル近くにもなるのだとか。実もびっしりに。
収穫後に福田さんが送ってくれたデントコーン。名前の由来通りデント(歯)のような形の粒がびっしり輝いて見えます。
家畜用デントコーンは農家によって早刈りと遅刈りがあり、
福田さんのところでは水分がある程度抜けた状態の遅刈りのようです。
福田さんのスペルト小麦畑で収穫、脱穀されたスペルト小麦の粒。大きくて色が濃い。
聞き忘れましたが、福田さんはスペルト小麦を食べるのでしょうか?
食べるとしたらどんなふうにして食べるのでしょう?


海外ではスペルト小麦を使った食品は少なくありません。上からクラッカー(ラトビア製)。
パスタとスパゲティ(イタリア製)。下は日本国内製のパン。
ぼくが思うには健康上の理由よりも、スペルト小麦のどこかチョコレートのような甘い匂いと、
ナッツのような香ばしい独特な風味と深い味わいの美味しさがいいのだと思います。
パンはもちもち感はないものの、歯切れや口どけは良く、
かむほどに深い味わいを楽しめます。
楽しそうに談笑する福田さんとHAL財団アンバサダーでフリーアナウンサーの渡辺陽子さん。

藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、ロンドン、パリなどの世界の都市から、ボルネオの熱帯雨林、
アフリカの砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com
写真:ISSAQUE FOUJITA

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2025年2月4日号 (通算24-45号)

法人化についての情報交換会を開催!

HAL財団に寄せられた「こんなことやって欲しい」という声に応え、昨年12月14日(土)に札幌HAL財団本部セミナールームで法人化についての情報交換会を開催しました。
今回は、あくまでも「お試し」ということで、HAL財団企画広報室が普段お付き合いのある農業法人、個人経営の農家、そして金融機関、税理士事務所、農業を支援するベンチャー企業、弁護士が参加。

はじめにHAL財団企画広報室の上野から道内の農業法人の概況、そして一般的な企業の動向や企業活動についての話題提供をしました。
今回の参加者は、すでに法人として事業活動をしている方、今後、法人化を検討している方などが参加しています。すでに法人化している方からは、経験談を。そして、検討している方からは、疑問や不安点が数多く出され、それに対し、みんなで考え相談するというスタイルで進められました。

今回の情報交換会をもとに、次年度以降もこのような情報交換会を開催したいと考えています。

 企画広報室 上野記

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